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あれは、中1か中2の頃でしょうか、それまでただの坊ちゃん刈りだった僕が突如、世に言うところの「センター分け」という髪型に挑戦したことがありました。

ある日、僕は、学校からの帰宅後、ひとしきり鏡に向かって髪型をセットしたのち、何事もなかったかのように家族がそろう晩ご飯の席につきました。しかし、その直後、父親が僕の「センター分け」に目ざとく気付き、楽しそうな顔で、でも、やや冷やかしのこもった口調で「お!髪型かえたんか?」というようなことを言いました。もちろん、他の家族も一斉に僕に注目することになります。僕はカーっと顔が赤くなるのを感じました。

人生においてもっとも敏感な時期を迎え、自意識で膨張し尽くしたガラスコーティングのハートを抱えるその年頃の少年が、このような状況に置かれたとき、一体どんな反応ができるというのでしょうか?その時感じた、大人のいやらしさに対する嫌悪感と、間違ったことをしてしまったときのような複雑な心情を僕は、今でも忘れることができません。まわりに格好良く思われたいという気持ちではじめたことでも、似合うと褒められようが、お前にはまだ早いとけなされようが、何を言われても恥ずかしさの気持ちでいっぱいなのです。そこは触れてくれるな、といった気分なのです。当然、僕は、半ば無視の勢いで「ええやんか」(=ほっといて)と一言、父親の言葉を軽くあしらった記憶があります。

さて、時は過ぎ、立場は逆転し、今度は僕が父親になりました。二人の子供たちもあと数年もすれば、好き勝手に自分を着飾ることでしょう。彼らはそうやって誰にも触れられたくない自分だけのサンクチュアリを形成していくはずなのに、それでも、やはり僕は、あの時の父親と同じように、嬉しそうに、そして冷やかし半分で声をかけずにはいられないでしょう。なぜなら、今となれば僕も父親として、息子の成長を目の当たりにする喜びや、性に目覚めていく姿に同じ男というものを感じるはずだからです。

子供たちに鬱陶しがられるとわかっていても、僕は、今からその日が来ることが楽しみでなりません。